2008年08月26日

仏教と経営

小谷野です。   

夏休みをいただき、バンコクに行ってきました。
顧問先のバンコク法人の訪問、米大学院同窓でバンコク銀行(東南アジア最大の銀行)の知人と17年ぶりの再会、現地起業家、ビジネスマンらとの会食など、楽しい時間をすごすことができました。また滞在中には、タクシン元首相の亡命による市民の動揺・憤怒を直接感じ、ラーマ9世王妃の誕生日(タイの母の日8/12)イベントなども経験できました。


1.タイ人の国民性
  同じ仏教徒としての規律の良さを実感しました。どこでもお客様を迎える際に、両手を合わせる合掌は、礼儀正しさ、おもてなしの心(Politeness, Hospitality)に溢れた国民性を強調する仕草です。
 旅行客で、タイの虜になる方が多いのもうなずけます。

2.小乗(上座部)仏教と大乗仏教
 タイ、ミャンマーなどで中心となっている小乗(上座部)仏教は、自ら出家して修行を積んだ者が悟りを開くことができ、救われるという教えです。一方、日本・韓国で中心になっているのは大乗仏教であり、大きな乗り物の中、出家者のみならず、慈悲の精神によりすべての人々を救う事を目的としています。こんなに簡単に解説すると宗教家の方々におしかりを頂戴しそうですが・・・
 ご容赦ください。

 男子が一定期間出家する習慣を実行する人はタイでも少なくなってきているようですが、起業家で出家経験のある経営者の方に話を伺いました。僅か数週間の出家でも意義深く、単なる宗教心の向上ではなく、「無」になり自分を見直す、自分を見据える時間として貴重なのだといいます。ゼロを見つめ、ゼロを受け入れることができれば、失敗は怖くないし、無限の発展を確信できる、心の強さを持つことが出来るのでしょう。

3.経営の語源
 経営という言葉は、「お経を営む」と書くことから仏教が語源という説があります。
 そうであれば、真実を貫き、お客様、従業員、また社会の多くの人々を幸せにしなくてはならないのです。

 偽装、粉飾などの時事用語の対極の言葉が経営といえるでしょう。

    〜東南アジアでは、にわか宗教家になる小谷野でした〜
posted by 小谷野 幹雄 at 17:16| 2008年

2008年08月04日

国策捜査と司法の闇

小谷野です。   

先月、旧日本長期信用銀行の元役員が最高裁で無罪になりました。
どうしてと、不満に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、個人的には、検察の国策捜査に大きな警鐘を鳴らした意味深い判決と思います。

社会問題(本件では銀行に対する莫大な公的資金の注入)が起きると、魔女狩りが世論を背景に行われます。すなわち誰かを悪人として罰しないと検察の存在意義が問われます。「誰かを挙げないと」が先行して、時には別件逮捕、結果冤罪も少なくないのが日本の現状だと思います。
本件も、乱脈融資ではなく、不良債権処理の責任者を対象に有価証券報告書虚偽記載(会計上の粉飾)の争いが主眼でした。

また、日本では99%の謎があります。
これは日本における刑事裁判での有罪率のことです。
我が国では、検察庁と裁判所が一体化していると誤解されそうな数値で、我が国の「司法の闇」とよく論じられます。
こちらの謎にも、一石を投じた判決といえるかもしれません。

来年5月からはじまる一般人が刑事裁判に参加する「裁判員制度」で、この有罪率がどのように変わるのか見守っていきたいと思います。


       〜裁判員を早く経験したい小谷野でした〜
posted by 小谷野 幹雄 at 17:13| 2008年